三浦宏は、大正15年(1926年)浅草の風呂桶職人の家に生まれ、父と船大工であった祖父の技術を受け継ぎ、「三浦風呂製作所」として檜風呂や手桶などを製作していました。時代の流れとともに木製風呂桶の需要が減り、風呂桶以外の製品作りを試行錯誤する中、手の空いた時間に和船の模型を作り始めました。子供の頃から親しんできた型の船がなくなっていくことが惜しく、どうにか残しておきたい、という想いからでした。
昭和50年代半ば、辻村寿三郎氏が花魁人形を手がける企画展「吉原」の開催にあたり、舞台となる妓楼の制作を依頼されます。昭和56年(1981年)に完成した総檜造り約3メートル四方もある建物は、辻村氏の人形と服部一郎氏の小道具とともに、大きな話題となりました。
以降、江戸時代の家屋や船を縮尺1/10で復元、亡くなるまでの38年間に100点以上の作品を制作しました。
令和元年(2019年)6月永眠。享年92歳。